In principio erat Verbum, et Verbum erat apud Deum, et Deus erat Verbum. 慣れない土地に困惑する私に手を差し伸べてくれたのは 幼い頃からここで暮らしていたという、モモという女性 親密に接してくれる彼女に最初こそ戸惑いもあったが 互いに打ち解けるのに、そう時間は掛からなかった 二人はどんな時も何をする時も一緒だった その姿はまるで本当の姉妹のようで 澄み渡る青空 穏やかな日差し 飛び交う平和を祝う白い鳥 道行く人は皆 幸福を謳う 戸惑う私の手 君は軽やかに引く これまでの世界の全てが反転して 二人で巡る旅 視界が色を増した 楽園かあるいは天国に近いもの 濁りなき福音が今響き渡る ねぇ お母さん 私は今幸せだよ 一人でも何とかやれてるよ またいつの日か 皆で暮らせたらいいな 方舟で再開を夢見て 母と分けた片耳の思い出に祈る 家族と分かれる何は母親から譲り受けた耳飾り 片耳に輝くそれを指先であやしながら クロナはふと空を見上げ思いを馳せた 「家族と離れ離れになって寂しい」 「あ…ううん、ここにはモモがいるもの。大丈夫、寂しくないよ」 「私は物心がつく前にここに来たから」 「父親や母親、そして兄弟」 「それがどういう存在なのか、正直良く分からない」 「でもねクロナ、辛い時は我慢しなくていいの」 「私はいつだってあなたの傍に居るわ」 「絶対に、離れたりしない。約束よ」 涙を堪えては 平気なフリして 強がりばかりが そう 上手くなった 両親が誇れる 娘になろうと 理想的な"姉"の虚像に縛られた 張りつめた心を溶かすよう抱きしめて 優しく君の手が 私の頭撫でる "救われたんだよ"と "もう我慢しないで"と その声に感情の全てが溢れた ねぇ 本当は お姉ちゃんが欲しかったの 少しだけ甘えてみたかった この方舟で新たな生を歩むなら 疑似的で不完全だけれど 家族のようずっと傍に居てもいいかな? 「あれ、どこか行くの」 ある晴れた日の朝、独り家を後にするモモにクロナは問い掛ける 出掛ける時は必ず一緒だったのに そう言いたげに少し不安に似た声が漏らした 「今日は週の一度の礼拝の日なの…」 「あ、でもクロナはまだ洗礼を受けていないから」 「洗礼…そうか、私はお留守番なんだ」 「もう、そんな顔しないで」 「大丈夫、来週からは一緒に行けるわ。」 「帰ったら一緒にお昼にしましょう」 もう何度目か 分からぬほど交わし合った 指絡む小さな約束を ふと思い出し その温もりに満たされる それこそが幸せなのでしょうね 少女はただ独り 彼女を帰還を待つ 二人で交わした幾つもの約束 それはこれから先もずっと側にいるという証 明日への不安も 未来への恐れも ここには存在しないのだから けれど、この日以来 彼女がクロナの前に姿が現すことはなかった 「モモ…どこ」