おばあちゃんは夕餉の片付けを終えた時 弟は2階のゆりかごの中で 僕と親父は街頭テレビのカラテチョップが白熱した頃に 妹の誕生を知った それから親父は占いの本と辞書と 首っぴきで実に一週間もかけて 娘のために つまりはきわめて 何事もないありふれた名前を見つけ出した お七夜 宮参り 夫婦は自画自賛 可愛いい娘だと はしゃぎ廻るけれど 僕にはひいき目に見ても しわくちゃの失敗作品 やがて彼女を訪れる 不幸に胸を痛めた m~ 兄貴として m~ 妹の生まれた頃の我が家は お世辞にも 豊かな状態でなかったが 暗闇の中で 何かをきっかけに 灯りが見えることがある そんな出来事だったろう 親思う心に勝る親心とやら そんな訳で妹は ほんのかけらも みじめな思いをせずに育てられた ただ顔が親父に似たことを除けば 七五三 新入学 夫婦は狂喜乱舞 赤いランドセル 背負ってか 背負われてか 学校への坂道を足元ふらふら下りてゆく 一枚のスナップが 今も胸に残ってる m~ 兄貴として m~ 我が家の血筋か 妹も足だけは速くて 学級対抗のリレーの花形で もっとも親父の応援のすごさに 相手が気おくれをして 随分助けられてはいたが これも我が家の血筋か かなりの演技派で 学芸会でもちゃんと役をもらった 親父の喜びは 言うまでもない たとえその役が一寸法師の赤鬼の役であったにしても 妹 才気煥発 夫婦は無我夢中 反抗期を過ぎて お赤飯を炊いて 中学に入れば 多少女らしくなるかも知れぬと 家族の淡い期待 あっさり裏切られてがっかり m~ 兄貴として m~ 妹の初恋は高校二年の秋 相手のバレー部のキャプテンはよくあるケース 結局言い出せる 筈もなく 枯葉の如く散った これもまたよくあるパターン 彼氏のひとりもいないとは情けないと 親父はいつも笑い飛ばしては いたが 時折かかる電話を一番気にしていたのは 当の親父自身だったろう 危険な年頃と 夫婦は疑心暗鬼 些細な妹の言葉に揺れていた 今は我が家の一番幸せなひとときも少し このままいさせてと 祈っていたのでしょう m~ 親子として m~ 或る日ひとりの若者が我が家に来て "お嬢さんを僕に下さい"と言った 親父は言葉を失い 頬染めうつむいた いつの間にきれいになった娘を見つめた いくつもの思い出が親父の中をよぎり だからついあんな大声を出させた 初めて見る親父の狼狽 妹の大粒の涙 家中の時が止まった とりなすお袋にとりつく島も与えず 声を震わせて 親父はかぶりを振った けれど妹の真実を見た時 目を閉じ深く息をして 小さな声で… "わかった娘は くれてやる その変わり一度でいい うばって行く君を 君を殴らせろ"と 言った m~ 親父として m~ 妹の選んだ男に間違いはないと 信じていたのも やはり親父だった 花嫁の父は静かに娘の手をとり 祭壇の前にゆるやかに立った ウェディングベルが避暑地の教会に 鳴り渡る時 僕は親父を見ていた まぎれもない父親の涙の行方を 僕は一生忘れないだろう 思い出かかえて お袋が続く 涙でかすんだ 目の中に僕は 今までで 一番きれいな妹と一番立派な 親父の姿を刻み込もうとしていた m~ 兄貴として m~ 息子として