ある日、兎と馬が暖炉の前に二人っきりでいた時のことでした。 兎は馬に聞きました。 「みんな、自分達は本当のものだって自慢しているけれど、本当のものでどんなもの? 体の中にぶんぶんいうものが入っていて、外にねじがついてるってこと?」 「本当のものというのは体がどんなふうに出来ているがということではないんだよ。」 と馬は言いました。 「私たちの心と体に何かが起こるってことなのだ。 もしそのおもちゃを持っている子供が長い長い間、そのおもちゃをただの遊び相手でなくて、 とても長い間、心から可愛がっていたとする、 すると、そのおもちゃは本当のものになるのだ。」 「そうなるとき、苦しい?」と兎は聞きました。 「時にはね。」と馬は言いました。 この馬はいつも正直にものを言いました。 でも、本当のものになると、苦しいことなんか、気にしなくなるんだ。 「ねじを巻いたときみたいに、急にさっと変われるの?それとも、だんだんにそうなの?」と兎は聞きました。 「急にはならない。」と馬は答えました。 「だんだんになるんだ。とても長い時間がかかるんだ。 だから、すく壊れてしまう物や、尖がっているものや、 丁寧に触らなくじゃならないものは滅多に本当の物になれない。 大抵の場合おもちゃが本当のものになる頃には、そのおもちゃはそれまであんまり可愛がられたので、 体の毛は抜け落ち、目は取れ、体の節々は緩んでしまったりして、とてもみともなくなっているんだ。」 「でも…」 「そんなこと少しも気にすることでは無いんだよ。 何故かといえば、いったん本当のものになってしまえば、もうみっともないなどということはどうでもよくなるのだ。 そういうことがわからない者たちにはみっともなく見えてもね。」 「あなたは本当の馬になったんでしょう。」と兎は言い。 言ってしまってから、言わないほかよかったかなと思いました。 だってその馬はそんなことを聞かれるのに、気にする質に馬かもしれないです。 けれども、馬はにっこりしただけでした。 「今の坊やのおじさんがわたしを本当の馬にしてくれたのだ。」と馬は言いました。 「もう大部を動かしにくいことさ。だか、一度本当の馬になってしまうと、もう戻には取らないんだ。 ずっと、本当の馬でいるのさ。」 兎は、ため息をつきました。 この馬に本当の馬になるという魔法が起こるまでには、きっとずいぶん長い時間がかかったに違いありません。 兎は自分も本当のものになりたい。 そうなったら、どんな気持ちがするものが知りたいと思いました。 でも、そうなるために、みすぼらしくなったり、目や弾きがなくなってしまったりするのは悲しいことです。 そういう嫌なことが起こらないで、本当の兎になれればいいのに。