第十四課 実感 本文 外国旅行だけでなく、国内旅行にも、 飛行機を利用する人が多くなった たしかに飛行機は速い。 地球の反対側の国までも、 半日ぐらいで飛ぶことができる。 しかし、飛行機の旅行は、 空港から空に上がり、 空から空港へ下りたような感じで、 長い距離を移動したという実感があまりない。 新幹線のような速い電車で行く場合もこれに似ている。 沿線の景色をゆっくりながめながら、 次第に目的地に近づいていく興奮を感じるということが少ない。 旅の苦労も減ったが 旅の実感も薄くなった。 料理も高速化している。 昔は火加減を見ながら、 長い時間をかけて煮込んだ料理も 現在の電子レンジならわずか数分でできてします。 何度もなべのふたを取って味見をしたり、 台所から流れてくるうまそうなにおいにわくわくしたりする暇がない。 高速化だけでなく、 安全や能率の追求も実感の減少につながる。 銀行振り込みやクレジットカードなどが普及した結果、 現金を手にすることが少なくなった。 月給日に月給袋を受け取って、 一か月間汗を流して働いた苦労を忘れる。 あるいは、ボーナスの出た日、 いつもより厚い封筒をしっかり握って家へ急ぐー そうした風景があまり見られなくなった。 世の中はますます高速化し 安全を求め、能率を高めていく。 生活が変化すると同時に感動の性格も変わるのは当然であろうが、 やはり失われていく「実感」がなつかしい。 会話(一)(同僚が会社で話している。 Aは女性、Bは男性。Bは出張から帰って出勤したところ。 あら、竹井さん、おかえりなさい。 留守中はどうもお世話さまでした。 いえ、お疲れ様でした。 いやあ、たいした仕事はしなかったんですが。 でも、海外出張ですもの、 移動だけでもたいへんだったでしょう。 ええ、まあ、飛行機の乗りつぎってめんどうですからね。 やっと日本へ帰ってきて、 長い旅行だったなあって感じてらっしゃるでしょ。 いえ、それがどうも変なんですよ。 え。 なんだか空港から空へ上がって、 また空港へ下りたって感じで へえ。 長い距離を移動したって実感があまりないんですよ。 そうですか。でも、飛行機の窓から外が見えたでしょう ぼくの席は窓ぎわじゃなかったし、 たまに外が見えても空の雲ばかり。 ああ、そうかもしれませんね。 それに、空港なんて、どこの空港も似たようなもんでしょう。 そうですね。地下鉄なんかも、駅の名前を読まないと、 ほかの駅と区別がつきませんもの。 ま、ぜいたくな不満でしょうね。 高速化のおかげでこんなに早く帰れたのに 実感がどうのこうのって言うのは。 それはそうですけど、 あまり速くなると 旅行の感激は減るかもしれませんね (二)(母と息子。息子はこの四月に就職。はじめての月給日。) ただいま。 おかえりなさい。 はい、これ。 これ? ぼくも初月給。 そうそう、きょうははじめての月給日ね さっそく神棚に供えましょう。 それほどのものじゃないけどね。 そんなことありません つとむの一か月の汗と涙の結晶ですもの。 でもね、その封筒にはお金は入ってないよ。 明細書だけだよ。 道理で軽いと思ったわ 銀行振り込みだから。 現金は渡さないの。 なんだか実感がわかないわね。 仕方がないよ。 帰りの電車の中ですられたりするよりましだよ。 そうね。このほうが安全ね。 それに、一枚抜いてないかなんて、 数えてみる手数もいらないし。 本当。 応用文 地球は狭くなったーー未来世界の話 立体テレビが、朝のニュースに変わったとき テレビ電話がかかってきた。 靖にだった。 かけてきたのは、同級生の哲夫だった。 哲夫は、ちらりと、テーブルのほうに目をやりながら、 ひそひそ声を出した。 「靖、きょう、学校が終わってから、 九州まで遊びに行くこと、 お父さんは許してくれたかい?」 「もちろんさ。きみは?」 靖がうなずくと、哲夫もにっこりして、 「よかった 僕もだ。。 ただし、夕方五時東京空港着のジャンボジェット機に間に合うように帰ってくるって約束でね。」 それでいいじゃないか。 あとで学校で会おう。 靖は手を振ると、スイッチを切った。 これが、数十年前だったら たぶん想像もつかないことだったんだろうな、 小学生が学校の帰りに、 ちょっと九州まで遊びに行くなんてことは。 実際、数十年前までは、 東京から九州まではもちろん、 大阪あたりまでだって、 ちょっとした旅行だったのだ それは、あのことだって、 新幹線はあったし、 ジェット便もたくさん出ていた だが、それでも、新幹線で大阪まで行くのに、三時間もかかったし、 ジェット機で九州まで行くのには、 一時間半もかかった。 それに、運賃だってばかにならなかったから、 おとなでもだれでも乗れるというわけにはいかなかったのだ。 それが今では、すっかり事情が違ってしまった。 交通機関が、あのこととは比べものにならないほど発達したからだ。 今では、日本の国内ならばどこへでも、 すごく気軽に乗れる三〇〇人乗り、 四〇〇人乗りのジャンボジェット機がどんどん出ていて 北九州まででも、 一時間ああまりで行ってしまう。 料金だってとても安い ちょうど数十年前、 バスに乗るぐらいの気軽さで ジェット機に乗れるようになったのだ。 そして、こういう交通の発展と普及とは 人の考えかたまでを すっかり変えてしまった。 昔は遠く感じた九州も今では、 すぐその辺と変わらないところになり だから、靖たち、小学生がちょっと遊びに行く と言っても、なにも特別のことではなくなったのだ これがつまり、 地球はだんだん狭くなる、ということなんだな 単語国内 地球 半日 感じ 距離 移動 沿線 次第に 目的地 興奮 高速化 火加減 煮込む 電子レンジ わずか(僅か) 数分 味見 台所 わくわく 追求 減少 つながる(繋がる) 普及 月給日 月給袋 ボーナス 厚い 性格 当然 失う なつかしい(懐かしい) 竹井 のりつぎ(乗り継ぎ) なんだか 窓際 区別がつく ぜいたく(贅沢) 不満 どうのこうの 感激 初月給 そうそう 神棚 供える つとむ 結晶 明細書 道理で 沸く 抜く 数える 立体 靖 哲夫 ちらりと 目をやる ひそひそ 許す にっこり ただし 着 ジャンボジェット機 振る スイッチ 想像がつく 便 運賃 ばかにならない 交通機関 比べ物にならない なにも(何も)