『――一方の心中は。』 春 :振り放け見ては、嫋(たを)やぐ背中に 杜鵑花(とけんか)散る。 心を挵(せせ)る様な黙(しじま)に泣き沈んでいる。 背き果つ際の儚さは、 避らぬ別れに似た悲しび。 往昔(おうじゃく)に視た様な恐れを 思い出さない様にしていた筈なのに。 打ち明けた心の中に潜んだ宿命(さだめ)に、 倖せを浮かべては恋路に降り積もる。 胸痛し言葉。 『――一方の心中は。』 始 :寂寞(じゃくまく)としたこの夜深し、 覚え浮かぶ。 短し髪に仄紅い頬、か細き声。 仇を心に抱え生きるあなたを、 傷つけることしか出来なかった。 零(こぼ)るる愛を刃に変えてしまう、 この手をいっそ切り落としてしまいたい。 愛忘れ、恋だけ。 我か人かと身辿る。 囁(つつ)やく慈悲心鳥(じひしんちょう)は、 素知らぬ顔をして 雲海へと飛ぶ。 『――二人は。』 春 :孰(いず)れこうなると、 始 :どこかでは分かっていた。 二人:せめてもの愛情を遺して、 別れ道へと歩き始める。 『――別れ際に一方が。』 始 :このまま生きたとしても、 倖せになれないだなんて言わないで。大丈夫だから。 『――餞として。』 春 :一つの人生ともう一つの人生が重なったこの季節に 二人:恋忘れ草を。