狐が現れたのはその時だった。 「こんにちは。」 「こんにちは。」 王子さまは丁寧に答えたが、 振り返っても誰もいなかった。 「ここだよ。リンゴの木の下さ。」 「君は誰?とっても可愛いね。」 「僕、狐だよ。」 「一緒に遊ぼう。 僕、今とっても悲しいんだ。」 「君とは遊べない。 飼い慣らされていないから。」 「ああ、ごめんね。 でも、飼い慣らすって、 どういう意味?」 「君はこの辺の人じゃないね。 何を探しているんだい?」 「人間だよ。 ねえ、飼い慣らすって、どういう意味?」 「人間は銃を持っていて狩をする。 全く困ったものだ。 でも、鶏を飼っている。 いい所はそこだけかな。 君、鶏を探しているの?」 「違うよ。探しているのは友達だ。 飼い慣らすって、どういう意味?」 「みんながすっかり忘れていることだよ。 絆を作るって意味だ。」 「絆を作る?」 「そうさ。 僕にとって君はまだ 他の十万人の男の子と同じ、 ただの男の子だ。 僕には君は必要ないし、 君にも僕は必要ない。 君にとって僕はまだ他の十万匹の狐と同じ、 ただの狐だからね。 だけど、君が僕を飼い慣らしたら、 僕たちは互いに必要不可欠な存在になる。 僕にとって君は 世界でたった一人だけの男の子。 君にとって僕は 世界でたった一匹だけの狐。」 「だんだん分かってきたよ。 ある花のことだけど、 その花は 僕を飼い慣らしていたんだと思うな。」 「そういうこともあるかもね。 地球では何でもあるからね。」 「ああ、地球の話じゃないんだよ。」 「え?他の星?」 「そう。」 「その星には、猟師(りょうし)はいる?」 「いないよ。」 「そいつはいいや。鶏はいる?」 「いないね。」 「思い通りに行かないもんだな。 まあ、いいや。話を続けよう。 僕の暮らしは単調だよ。 僕が鶏を追う。人間が僕を追う。 鶏はみな同じ、人間もみな同じ。 おかげで、いささか退屈しているんだ。 でも、もし君が僕を飼い慣らしてくれたら、 僕の暮らしは お日様が当たったみたいになるよ。 僕は足音が聞き分けられる。 誰かの足音が聞こえたら、 僕は慌てて地面に潜(もぐ)る。 でも君の足音は 音楽みたいに僕を穴から誘い出す。 それに、ほら、 あそこに小麦畑が見えるでしょう。 僕はパンを食べないから、 小麦には全く用がないんだ。 だから、小麦畑を見ても何も感じない。 悲しい話だけどね。 でも、君は金色の髪をしているよね。 だから、君が僕を飼い慣らしてくれたら、 素晴らしいことになる。 金色の小麦を見るたびに、 僕は君のことを思い出すようになるよ。 小麦畑を渡っていく風の音さえ 好きになるよ。」 狐はふと黙って、 長い間王子さまを見つめていた。 「お願い、僕を飼い慣らして。」 「そうしたいんだけど、 あんまり時間がないんだ。 友達を見つけて、 いろいろをたくさん学ばなきゃいけないし。」 「飼い慣らさなきゃ学べないよ。 人間には、学ぶ時間なんかない。 お店で出来合いの物を買ってくるだけさ。 でも、友達を買えるお店はないから、 人間にはもう友達がいないんだ。 友達が欲しかったら、 僕を飼い慣らして。」 「僕はどうすればいいの?」 「とっても辛抱強(しんぼうづよ)くならなきゃね。 まず、僕からちょっと離れて、 草の中に座るんだ。 僕は横目に君を見て、 君は何も言わない。 言葉は誤解の元だから。 でも、毎日少しずつ だんだん近くに座れるようになるんだ。」 次の日、王子さまは戻ってきた。 「出来たら、 同じ時間に戻ってきた方がいいよ。 例えば、四時に君が来るとすると、 僕は三時から嬉しくなってくる。 時間が経つにつれて、 ますます嬉しくなってくる。 四時になると、 そわそわして気も漫(そぞ)ろさ。 幸福ってどんな物かを知るんだ。 でも、君がいつと決めず適当に来ると、 何時に心の準備を始めればいいのか 分からなくなる。 習慣にすることが大事なんだよ。」 「習慣って、何なの?」 「ずいぶんと忘れがちな物のことさ。 ある一日を他の日と区別し、 ある時間を他の時間と区別するんだ。 例えば、僕を追い回す猟師たちにも 習慣がある。 毎週木曜日は狩をせず、 村の娘たちと踊るのさ。 だから、木曜日は素晴らしい日だ。 僕は葡萄畑の辺りまで散歩に行ける。 でも、 もし猟師たちがいつでも好きな日に踊ったら、 毎日がみんな同じになって、 僕は全く休暇が取れなくなる。」 こうして、王子さまは狐を飼い慣らした。 出発の時が近づくと、狐は言った。 「ああ、泣けてきちゃうよ。」 「君のせいだよ。 僕は君を困らせたくなかったのに。 君が飼い慣らしてなんて言ったから。」 「そうだよ。その通りだよ。」 「でも、君は泣くんだ。」 「そうだよ。その通りだよ。」 「だったら、君は損しちゃったんじゃないか?」 「僕は得したんだよ。 小麦色の分だけ。 さあ、もう一度庭園に足を運んで、 薔薇たちを見てきてごらん。 君の薔薇は 世界にたった一つしかない薔薇の花だって 分かるから。 そうしたら、戻ってきて、 僕にさよならを言って。 お別れに、秘密を一つあげるから。」 王子さまはもう一度薔薇たちを見に行った。 そして言った。 「君たちはどれも僕の薔薇とは 全然似ていないよ。 君たちはまだ僕にとっては 取るに足りない存在だ。 飼い慣らされていないし、 飼い慣らしてもいないもの。 会ったばかりの頃の僕の狐みたいだ。 あの狐は他の十万匹の狐と同じ ただの狐だった。 でも僕は狐と友達になった。 今では、世界に一匹だけの狐だよ。 君たちは綺麗さ。 でも、空っぽなんだ。 誰も君たちのためには死ねない。 もちろん、普通の通りすがりの人は 僕の薔薇を君たちと同じだと思うだろう。 でも、僕の花はたった一つで、 君たち全部を合わせたよりも大切なんだ。 だって、僕が水をかけてあげたのは あの花だから。 ガラスの覆いを被せてあげたのも、 衝立で守ってあげたのも、 蝶々になる二三匹を残して 毛虫を退治(たいじ)してあげたのも、 文句を言ったり自慢したり 時々黙り込んだりするのにさえ 耳を傾けてあげたのも、 あの花だけだから。 なぜってあの花は 僕の薔薇の花だから。」 そして王子さまは狐の所に戻った。 「さよならだね。」 「ああ、さよならだ。 じゃあ、秘密を教えるよ。 簡単なことだ。 心で見なければ、物事はよく見えない。 一番大切なことは目に見えない。」 「一番大切なことは目に見えない。」 「君の薔薇を何よりも大切にしたのは、 君が薔薇のために費やした時間なんだ。」 「僕が薔薇のために費やした時間。」 「人間はこの真理を忘れてしまった。 でも、君は忘れてはいけないよ。 君は飼い慣らしたものに 永遠に責任があるんだ。 だから君は君の薔薇に責任がある。」 「僕は、僕の薔薇に責任がある。」