[ti:] [ar:] [al:] [offset:0] [00:00.00]それは飛行機の故障で砂漠に不時着してから [00:04.98]八日目のことだった。 [00:09.30]僕は水の蓄えの最後の一滴を飲みながら、 [00:13.81]王子さまの話を聞いていた。 [00:18.65]「ああ、君の思い出話はとても楽しかったよ。 [00:24.37]でも、飛行機の修理はまだ終わっていないし、 [00:29.48]水も底を尽いた。」 [00:32.96]「僕の友達の狐が言うにはね。」 [00:35.85]「もう狐どころじゃないんだよ。」 [00:38.90]「どうして?」 [00:40.62]「僕はもうすぐ喉が渇いて死んでしまうんだ。」 [00:46.14]「もうすぐ死ぬとしても、 [00:47.77]友達がいたっていうのはいいことだね。 [00:51.48]僕だって、狐という友達がいて、 [00:54.64]本当によかったもの。」 [00:58.28]「この子は、どれほど危険が差し迫っているか [01:02.10]分かってないんだな。 [01:05.14]飢えも渇きも感じないのだろう。 [01:09.44]僅かな日の光で十分なんだ。」 [01:14.51]しかし王子さまは [01:16.34]僕の考えが聞こえたかのようにこう言った。 [01:21.01]「僕も喉が渇いたよ。井戸を探しに行こう。」 [01:26.04]僕は、 [01:27.30]「やれやれ」という身振り(みぶり)をした。 [01:31.04]この広大な砂漠で、 [01:33.11]当てもなく井戸を探すなんて馬鹿げている。 [01:37.74]それでも、僕たちは歩き始めた。 [01:43.94]何時間も黙りこくって歩いていたら、 [01:47.23]夜になって星が見え始めた。 [01:51.40]渇きのせいか、少し熱っぽかったので、 [01:55.30]夢見心地(ゆめみごこち)で星を眺めた。 [01:59.61]僕の記憶の中で、 [02:01.92]王子さまの言葉が踊っていた。 [02:06.58]「じゃあ、君も喉が渇いているの?」 [02:12.26]しかし、王子さまは問い掛けには答えず、 [02:16.41]ただこう言った。 [02:19.66]「水は心にもいいんだよね。」 [02:25.63]意味がよく分からなかったが、 [02:28.25]黙っていた。 [02:31.26]王子さまにあれこれ聞いても、 [02:33.83]答えは返ってこないと分かっていたからだ。 [02:38.69]王子さまは疲れて座り込んだ。 [02:43.39]僕もその横に座った。 [02:47.70]「見えない花のおかげで、星が綺麗だね。」 [02:52.37]「そうだね。」 [02:54.48]「砂漠も綺麗だ。」 [02:58.89]それは本当だった。 [03:02.13]僕はずっと砂漠が好きだった。 [03:06.85]砂丘(さきゅう)に座る。 [03:09.41]何も見えない。何も聞こえない。 [03:14.69]それでも静寂の中で、 [03:17.20]何かが光る。何かが歌う。 [03:23.65]「砂漠が綺麗なのは、 [03:25.65]どこかに井戸を隠しているからだよ。」 [03:31.52]僕は、 [03:32.94]不意に砂漠の不思議な光の秘密が分かって、 [03:36.53]ビックリした。 [03:40.55]子供の頃、僕が住んでいた古い家には、 [03:44.61]どこかに宝物が埋まっているという [03:47.04]言い伝えがあった。 [03:50.55]もちろん、誰も宝物を発見できなかったし、 [03:55.56]もしかしたら、 [03:56.85]探そうともしていなかったかもしれない。 [04:01.30]しかし、そのことが [04:03.78]家全体に魔法を掛けていた。 [04:08.12]僕の家は、 [04:09.52]その中心の奥深くに [04:12.04]秘密を一つ隠していたのだ。 [04:16.81]「そうだ。 [04:18.77]家や星や砂漠を綺麗にしているものは [04:22.25]目に見えない。」 [04:25.38]「嬉しいよ、君が僕の狐と同じ考えで。」 [04:33.60]眠ってしまった王子さまを両腕に抱いて、 [04:37.00]僕は歩き始めた。 [04:40.44]胸がいっぱいだった。 [04:43.41]壊れやすい宝物を運んでいるみたいだった。 [04:48.60]地球上に これ以上 [04:50.71]壊れやすい物はないようにさえ思われた。 [04:57.75]月の光の中で、 [05:00.37]僕は王子さまを見つめた。 [05:05.72]色白(いろじろ)の額、 [05:07.73]閉じた瞳、風に震える髪。 [05:13.91]僕は思った。 [05:17.58](今見えているのは外側だけだ。 [05:21.67]一番大切なものは目に見えない。) [05:28.08]王子さまの唇が開いて、 [05:31.31]少し微笑んでいるように見えた。 [05:36.49]眠っている王子さまを見て、 [05:39.32]こんなにも胸がいっぱいになるのは、 [05:43.00]この子が一つの花を [05:45.88]こんなにも誠実に思い続けているからだ。 [05:50.75]眠っていても、 [05:52.45]ランプの炎のように心を照らす [05:55.43]薔薇の花の面影。 [06:00.14]そう思うと、 [06:01.74]王子さまは [06:02.27]なお一層壊れやすいように思えてきた。 [06:06.20]ランプは守らなければならない。 [06:09.78]風のひと吹きで、明かりは消えてしまう。 [06:16.66]こんな風にして歩き続け、 [06:19.48]僕は明け方、井戸を見つけた。 [06:27.36]僕たちが見つけた井戸は [06:29.60]サハラにある普通の井戸とは違っていた。 [06:33.86]サハラの井戸というと、 [06:35.70]砂地に掘られただけのただの穴にすぎない。 [06:39.67]ところがこの井戸は [06:41.25]まるで村にあるような井戸だった。 [06:45.39]「不思議だね。何もかも揃っているよ。 [06:49.39]滑車(かっしゃ)も、桶(おけ)も、綱も。」 [06:54.22]王子さまは笑って綱を掴むと、 [06:56.82]滑車を動かした。 [07:00.73]滑車は久しぶりに風を受けた [07:03.83]古い風見鶏(かざみどり)のように [07:05.60]音を立てて軋(きし)んだ。 [07:10.42]「聞こえる?僕たちが起こしてあげたから、 [07:14.06]井戸が歌っているよ。」 [07:17.55]王子さまに無理をさせたくなかったので、 [07:20.69]僕はこう言った。 [07:23.82]「やらせてよ。君には重すぎる。」 [07:29.12]ゆっくりと桶を井戸の淵まで引き上げ、 [07:32.43]注意深く置いた。滑車の歌は続いていた。 [07:39.25]震える水に反射して、 [07:41.55]太陽の光が煌いた。 [07:46.36]「僕、この水が飲みたかったんだ。 [07:49.47]ねえ、飲ませて。」 [07:54.22]「そうか。君はこれを探していたんだね。」 [08:01.23]僕は王子さまの唇に桶を近づけた。 [08:07.36]王子さまは目を閉じて飲んだ。 [08:12.42]祝福の宴のように、 [08:14.68]甘い喜びに満ちていた。 [08:19.06]この水は命を長らえるためだけの [08:22.97]ただの飲み水ではなかった。 [08:26.85]それは、星空の下の彷徨から、 [08:31.26]滑車の歌から、僕の腕の力から [08:35.42]生まれたものだ。 [08:38.67]だから、贈り物のように、 [08:42.18]心に喜びをもたらすのだ。 [08:49.48]子供の頃、クリスマスツリーの光や、 [08:52.97]真夜中のミサの音楽や、 [08:55.67]みんなの優しい笑顔が一つに合わさって、 [08:59.44]僕が受け取るクリスマスプレゼントに [09:02.85]一層の輝きを与えていたように。 [09:08.40]「この星の人たちは [09:09.89]一つの庭園で [09:11.70]五千本の薔薇を育てるのに、 [09:14.43]自分たちが探しているものを見つけられない。」 [09:18.62]「見つけられないね。」 [09:20.88]「だけど、みんなが探しているものは [09:23.83]たった一つの薔薇や [09:26.30]ほんの少しの水の中にも [09:28.31]見つかるものなのに。」 [09:31.12]「そうだね。」 [09:33.30]「でも、目には見えないんだ。 [09:37.01]心で探さなきゃいけないんだ。」 [09:42.05]僕は水を飲んだ。呼吸が楽になった。 [09:49.17]夜明けを迎えて、 [09:51.46]砂は蜂蜜色に染まった。 [09:56.65]その色も僕を満ち足りた気分にしてくれた。 [10:03.45]それなのに、なぜ僕は悲しかったのだろう。 [10:10.16]「約束は守ってね。」 [10:13.44]「何の約束?」 [10:15.51]「ほら、羊の口輪だよ。 [10:19.19]僕はあの花に責任があるんだから。」 [10:24.40]僕はポケットから [10:25.86]いろいろな絵の下書きを引っ張り出した。 [10:30.28]王子さまは覗き込んで、笑いながら言った。 [10:35.79]「君の書いたバオバブ、 [10:37.42]ちょっとキャベツみたいだね。 [10:39.90]それに、その狐は耳がなんだか角みたいだ。 [10:45.20]長すぎるよ。」 [10:47.44]「酷いな。 [10:49.16]僕はボアの外側と内側しか書けないんだから。」 [10:53.90]「それでいいんだよ。子供には分かるから。」 [10:59.13]そこで僕は口輪を鉛筆で書いてあげた。 [11:05.26]それを手渡す時、 [11:07.81]胸がぎゅっと締め付けられる思いがした。 [11:13.77]「君は、これから何かしようとしているね。 [11:18.56]僕が知らないことを。」 [11:22.21]「一年前、僕は地球に落ちてきた。 [11:27.15]明日がその記念日なんだ。」 [11:32.55]しばらく黙ってから、王子さまは続けた。 [11:38.74]「落ちてきた場所はね、ここのすぐ近くなの。」 [11:44.36]そう言って、顔を赤らめた。 [11:49.48]その時また、 [11:51.15]理由も分からないまま、 [11:53.55]奇妙な悲しみに襲われた。 [11:59.50]「偶然じゃなかったんだね。 [12:02.20]八日前の朝、君に出会ったのは。 [12:06.79]人が住む場所から千マイルも離れた所を [12:09.96]たった一人で歩いていたのは、 [12:13.93]落ちてきた場所に戻るところだったんだね。」 [12:19.48]王子さまはまた顔を赤らめた。 [12:25.39]躊躇いながら、僕は付け加えた。 [12:30.73]「それはもしかして、記念日だからかい?」 [12:37.00]王子さまは更に顔を赤らめた。 [12:42.43]質問には答えなかったが、 [12:45.04]顔を赤らめるのは、 [12:47.03]そうだと言っているのと [12:48.95]同じことではないだろうか。 [12:53.20]僕は王子さまに言った。 [12:57.77]「ああ、なんだか心配だよ。」 [13:02.70]「君には今、 [13:04.34]やらなきゃいけない仕事があるでしょう。 [13:07.64]機械の所に戻らなきゃ。 [13:10.63]僕はここで待っているよ。 [13:13.57]明日の夜、戻ってきてね。」 [13:18.74]しかし、僕の不安は消えなかった。 [13:25.51]狐のことを思い出した。 [13:29.96]飼い慣らされたら、 [13:32.46]泣きたくなることもある。 [13:41.90]井戸の近くには古い石の壁の廃墟があった。 [13:47.65]次の日の夕方、 [13:49.77]飛行機の修理から戻ってくると、 [13:52.85]遠くから王子さまがその壁の上に座って、 [13:56.94]足をぶらぶらさせているのが見えた。 [14:01.40]何か話しているのが聞こえてきた。 [14:05.42]「覚えてないの?全然ここじゃないよ。」 [14:10.44]別の声が何か言ったに違いない。 [14:14.24]王子さまは言い返していた。 [14:17.50]「そうさ。日付は合っているよ。 [14:20.45]でも場所はここじゃないんだ。」 [14:24.12]僕は壁に向かって歩いていった。 [14:29.03]相変わらず誰の姿も見えなければ、 [14:31.80]声も聞こえなかった。 [14:34.77]しかし、王子さまはまたこう答えていた。 [14:40.43]「もちろん、砂の上に、 [14:42.80]僕の足跡が始まっている所があるよ。 [14:46.26]そこで待っていてよ。 [14:48.28]夜になったら行くからさ。」 [14:52.14]壁から二十メートルまで近づいたが、 [14:55.52]まだ誰の姿も見えなかった。 [15:00.05]そして、沈黙の後、王子さまがこう言った。 [15:06.37]「君の毒は強いの? [15:08.99]長くは苦しまないんだね。」 [15:13.09]立ち止まった。 [15:15.52]心臓がドキドキしたが、 [15:18.38]まだ何のことか分からない。 [15:21.83]「さあ、あっちへ行って。 [15:25.04]僕はここから飛び降りたいの。」 [15:28.12]その時、壁の下の方に目をやって、 [15:31.93]驚いて飛び上がった。 [15:36.52]三十秒で人を殺せるあの黄色い蛇が一匹、 [15:41.69]王子さまに向かって、 [15:43.43]鎌首(かまくび)を持ち上げていたのだ。 [15:47.77]拳銃を取り出そうとポケットを [15:49.26]弄(まさぐ)りながら、 [15:51.00]僕は駆け出した。 [15:53.80]その音を聞いて蛇は [15:55.88]砂の上を流れるように滑らかに滑り、 [15:59.34]微かな金属音を立てながら、 [16:02.09]石の隙間に入り込んでいった。 [16:06.88]急いで壁に駆け寄って、 [16:08.69]僕の大事な王子さまを [16:10.55]かろ落ちで抱き留めた。 [16:15.52]王子さまは雪のように白い顔をしていた。 [16:20.94]「いったいどういうことなんだ? [16:23.85]蛇と話していただろう?」 [16:26.91]僕は王子さまが [16:28.40]いつも巻いているスカーフを解くと、 [16:32.46]こめかみ(太阳穴)の辺りを湿らせ、 [16:34.67]少し水を飲ませてあげた。 [16:38.89]するとも、何も聞けなくなってしまった。 [16:46.01]王子さまは真剣な面持ちで僕を見つめ、 [16:50.41]僕の首に抱き付いてきた。 [16:54.91]息絶えようとしている [16:55.74]鳥のような胸の鼓動が直接伝わってきた。 [17:02.62]「機械の修理が出来てよかったね。 [17:05.76]お家に帰れるね。」 [17:09.10]「どうしてそれを知っているの?」 [17:12.87]僕は絶望的だと思っていた機械の修理が [17:16.77]うまくいったことを知らせるつもりで [17:18.53]戻ってきたのだ。 [17:21.63]王子さまは僕の質問には答えず、 [17:25.31]ただこう言っただけだった。 [17:29.14]「僕も今日、お家に帰るよ。 [17:33.16]でも、もっとずっと遠い。 [17:37.46]もっとずっと難しい。」 [17:42.03]何かとんでもないことが起きよう [17:43.82]としていることに気づいた。 [17:47.23]僕は王子さまを [17:49.16]幼子(おさなご)を抱き締めるように [17:50.98]ぎゅっと抱いていた。 [17:54.71]しかし、引き止める術(すべ)もないままに、 [17:58.84]王子さまが [17:59.84]深い淵にまっ逆様に落ちていくような、 [18:03.49]そんな感じが消えなかった。 [18:08.05]王子さまの直向(ひたむき)な眼差しは、 [18:10.27]ずっと遠くを見つめていた。 [18:15.28]「僕には、君が書いてくれた羊がいるよ。 [18:19.79]木箱(きばこ)も口輪もある。」 [18:24.59]僕は長い間待った。 [18:28.59]王子さまの小さな体が少しずつ温まってきた。 [18:36.29]「怖かっただろう?」 [18:39.11]怖かったに決まっている。 [18:43.23]しかし王子さまは [18:44.96]そっと微笑んで、こう言った。 [18:50.81]「今夜はもっともっと怖いことになるだろうね。」 [18:55.10]何か取り返しのつかないことが [18:58.93]起こるという感覚に改めて襲われ、 [19:02.78]身も凍るような思いがした。 [19:07.32]王子さまの笑う声を [19:08.41]もう二度と聞けないと思うと、 [19:11.12]耐えられなかった。 [19:14.53]僕にとってそれは、 [19:16.85]砂漠の泉のようなものだったのだ。 [19:22.76]「ねえ、君が笑うのをもう一度聞きたいな。」 [19:30.17]しかし、王子さまはこう言った。 [19:34.83]「今夜で、ちょうど一年になるんだ。 [19:39.70]去年、僕が落ちてきた場所のちょうど真上に、 [19:44.42]僕の星がくる。」 [19:47.71]「ねえ、悪い夢なんじゃないの? [19:51.14]蛇も待ち合わせも、星のことも。」 [19:58.12]しかし、王子さまは僕の質問には答えず、 [20:02.80]ただこう言うだけだった。 [20:06.28]「大切なことは、目に見えない。」 [20:11.20]「そうだね。」 [20:13.48]「花と同じさ。 [20:15.82]どこかの星に咲いている花を愛していたら、 [20:19.32]夜空を見上げるだけで、楽しくなる。 [20:23.16]全ての星に花が咲いているよ。」 [20:28.60]「そうだね。」 [20:32.91]「水も同じさ。 [20:35.44]君が僕に飲ませてくれた水は [20:38.05]音楽のようだった。 [20:40.63]滑車が歌って、綱が軋んで。 [20:45.67]思い出すでしょ?とても美味しかった。」 [20:50.95]「そうだね。」 [20:53.89]「夜になったら、星を見て。 [20:57.41]僕の星は小さすぎて、 [21:00.30]どこにあるのか分からないだろうけど、 [21:03.95]その方がいいんだ。 [21:06.86]僕の星はたくさんの星のどれか一つ。 [21:11.80]だから君はどの星を眺めることも好きになる。 [21:18.06]全ての星が君の友達になるんだ。 [21:23.08]そうだ、君に贈り物をあげるよ。」 [21:28.44]そして、王子さまは笑った。 [21:33.83]「ああ、僕の王子さま、 [21:37.87]君の笑い声、大好きだ!」 [21:43.53]「これが僕の贈り物。水と同じだよ。」 [21:49.18]「どういうこと?」 [21:51.19]「星の意味が人によって違うでしょう? [21:55.16]旅人には案内役だけど、 [21:57.92]そうじゃない人にはただの小さな光。 [22:02.75]学者たちには研究対象。 [22:05.44]あの実業家には黄金だった。 [22:09.10]でも、どの星もみんな口を聞かない。 [22:14.91]君だけが [22:16.36]他の誰も持っていないような星を持つんだ。」 [22:21.37]「どういうこと?」 [22:24.39]「夜、君が星空を見上げたら、 [22:27.81]どれか一つに僕が住んでいる。 [22:32.04]どれか一つで僕が笑っている。 [22:36.19]だから君には、 [22:37.96]全ての星が笑っているみたいに見えるんだ。 [22:41.70]君は笑う星を持つんだよ。」 [22:45.55]そう言って、王子さまはまた笑った。 [22:50.85]「悲しみが癒されたら [22:54.22](悲しみはいつか癒されるよ)、 [22:59.14]僕と知り合ったことが嬉しくなるよ。 [23:04.58]君はずっと僕の友達だ。 [23:08.71]君は僕と一緒に笑いたくなる。 [23:12.70]時々気放し(きばなし)に窓を開けてよ。 [23:16.55]空を見て笑っている君を見たら、 [23:19.67]みんなビックリするだろうね。 [23:23.70]君はこう言うんだ。 [23:26.92]『そうさ、星を見ると、 [23:29.85]いつも笑っちゃってね。』 [23:33.38]みんな君のことを [23:35.09]頭が可笑しくなったと思うだろうね。 [23:38.73]僕は君に [23:39.74]とんだ悪戯を仕掛けていることになるんだ。」 [23:44.60]そう言って、王子さまはまた笑った。 [23:49.62]「まるで君に星の代わりに、 [23:52.58]たくさんの小さな鈴をあげるようなものだね。 [23:56.43]たくさんの笑う鈴をね。」 [24:00.06]そう言って、王子さまはまた笑った。 [24:04.95]それから、真剣な表情に戻った。 [24:10.56]「今夜は、お願い。来ないでね。」 [24:16.63]「僕は君から離れない。」 [24:20.76]「苦しそうに見えるよ。 [24:23.67]とっと死んじゃうみたいに見えるかも。 [24:27.51]そういうものなんだ。 [24:30.06]見に来ないで。見に来ることないよ。」 [24:35.14]「僕は君から離れない。」 [24:38.57]「でも、蛇のこともあるし。 [24:42.48]君が噛まれちゃいけない。 [24:45.03]蛇って意地悪だから。 [24:47.32]面白半分に噛むかもしれないよ。」 [24:52.02]「僕は君から離れない。」 [24:57.60]その時、王子さまは何かを思い出して、 [25:01.56]安心した様子になった。 [25:05.40]「そうか。蛇が二度目に噛む時は、 [25:08.96]毒がないんだっけ?」 [25:13.60]その夜、 [25:15.40]僕は王子さまがいなくなったことに [25:17.65]気づかなかった。 [25:20.61]音を立てずに出ていたのだ。 [25:24.94]ようやく追いついた時も、 [25:27.68]心を決めたように、 [25:29.53]しっかりと足早(あしばや)に歩いていた。 [25:33.80]僕を見ても、こう言っただけだ。 [25:38.75]「ああ、来たんだ。」 [25:42.33]そして、王子さまは僕の手を握った。 [25:47.82]王子さまはまだ心配していた。 [25:52.04]「ダメだよ。辛い思いをするよ。 [25:56.35]僕、死んだみたいに見えるかもしれないけど、 [26:00.24]本当じゃないんだよ。」 [26:03.39]僕は黙っていた。 [26:06.42]「分かって。遠すぎて、 [26:09.86]この体は持っていけないんだ。重すぎるから。」 [26:15.13]僕は黙っていた。 [26:18.95]「古い抜け殻(ぬけがら)みたいなもんだよ。 [26:22.20]抜け殻なんて、悲しくもないでしょう?」 [26:26.21]僕は黙っていた。 [26:31.25]王子さまはちょっと気落ちしたけど、 [26:34.37]気を取り直して頑張った。 [26:39.25]「分かってよ。素敵なことなんだよ。 [26:44.24]僕も星空を見る。 [26:46.44]すると全ての星が錆びた滑車の井戸になる。 [26:51.54]全ての星が僕に水を飲ませてくれるんだ。」 [26:57.86]僕は黙っていた。 [27:01.27]「きっと楽しいよ。君は五億の鈴を持って、 [27:06.41]僕は五億の泉を…」 [27:10.05]そして、王子さまも黙った。 [27:16.86]王子さまは泣いていた。 [27:21.09]「ここだ。この先は、一人で行かせて。」 [27:27.50]しかし、王子さまは座り込んだ。 [27:33.31]怖かったのだ。 [27:36.01]そして言った。 [27:39.57]「ねえ、僕の花、僕は責任があるんだ。 [27:46.81]あの花はとっても弱いから。 [27:49.99]それに、とっても世間知らずだから。 [27:55.45]世界から身を守るのに、 [27:57.82]役立たずの四本の刺しか持っていないし。」 [28:03.39]僕も座り込んだ。 [28:06.78]それ以上立っていられなかったのだ。 [28:10.29]「さあ、もう、いいね。」 [28:16.22]王子さまは、 [28:17.88]少しだけ躊躇ってから立ち上がった。 [28:23.02]一歩踏み出した。 [28:26.61]しかし、僕は動けなかった。 [28:33.70]王子さまの足首の辺りに、 [28:36.45]一筋の黄色い光が煌いた。 [28:42.27]一瞬、王子さまはそのまま動きを止めた。 [28:47.93]声も上げなかった。 [28:53.10]やがて、木が倒れるように静かに倒れた。 [29:00.81]砂のせいで、音もしなかった。